藤原由紀乃

Fujiwara Yukino-01

素晴らしい世界的ピアニストであると同時に、ベアタ・ツィーグラーの『魂の耳で聴き、奏でる』自然なピアノ奏法の師。

Sumire

藤原由紀乃が奏でる魂の響

学生時代より、演奏会批評などで「天才少女」とのコメントの数々が書かれているのを読み触れる機会も多くあり、「(同世代でありながら)こんなにすごい人もいるのだ」と雲の上の存在だった先生に、「本物のピアノを教えていただきたい」と一念発起、2002年より師事することが出来ることとなり、ツィーグラー奏法を学び始める。

この「魂の耳で奏でるピアノ奏法」 は、心を鏡のように静め、自分の出す音を全神経を集中して内的に聴き、無駄な力をすべて抜いた状態でピアノに移し替えていく。

「活字を読んだり、話を聞いたり、考えたり、演奏やレッスンを聴講するだけでは、到底解り得ないのである」のとおり、最初の1~2年間は、雑念を取り払いただ1音に集中することのみに、レッスンは終始していたが、先生のレッスンは全存在を包み込み、安らぎと清澄に誘導され、終わった後は心の開放感・勇躍感に満たされていた。

まず、柔らかいピアニッシモで、一音だけを全音符で弾く。今までの音の出し方とは、全く違う弾き方を身に付けていく。完全に力を抜いて音を出せるのかと最初は思ったが、「手の中は空っぽで空気だけで一杯になっている感じ、羽毛のように柔らかくして、そして音が天井から舞い降りてくるようなイメージを持ち、水面に一滴落ちた水滴が波紋を広げ、その波紋が湖一面にまで広がって行くように聴いていきます」と、様々な美しい表現を駆使して説明して下さり、また、理想の音に対して今出ている音はこのように違うと具体的に弾き比べて教えて下さるなど、あの手この手で根気よくその時の自分にとって最高の音が出せるようになるまで、引っ張って下さる。

凝り固まって鈍くなってしまっていた耳をまず澄ませ、音を出そうと鍵盤を下すその指に瞬間的に力が入り筋肉が硬直し震えがくる「力み」を取り去り、聴くことと弾くことが何の無駄もなく連動した動きになることにだけ全神経を集中していく。

半年たった頃、相変わらず本質がつかめず「一音だけゆっくりピアニッシモで弾く」ことがツィーグラー奏法なのかと「先生の演奏はとても深く力強い音ですが、このように力を入れない弾き方であのような音が出せるのですか?」と、質問してしまった時に、「ええ、全く力んで音は出しません」と目の前でフォルティッシモで重音を弾いて見せて下さったことがある。まるで全身の毛孔が逆立ち、雷鳴を間近に聴いたような衝撃を受けた。
体の大きな欧米人の男性のピアニストたちのように、ぶっ叩いて強い音を出すフォームをヴィオルトーゾな演奏とする風潮があり、腕の筋肉を固めてガンガン弾いて強い音を出すものと思っていたが、そのような弾き方での音には高揚させるエネルギーはあっても、由紀乃先生の出される音のような心の深いところに響き感動させる力はない。
頭のてっぺんからつま先まで震えが来るようなその重音の響きに、ツィーグラー奏法の奥深さ、次元の違いを改めて感じさせられた。

その後、レッスンの内容は少しずつ変化、以前は絶対に弾けなかった曲が弾けるようになり、すべての音を大切に聴き弾いていくことで、曲の中にある自然な膨らみやうねりがフォルテに結びついていくことも少しずつ、経験できるようにもなってきた。
音が変わり、一音一音を慈しんで聴く心へと変化したことは、自分の生徒へのレッスンで「今、何に気付けないで弾いているか」を察知して、より音楽的な音をアドバイスすることが出来るようになった要因になっていると思う。

「音を聴く」ことの深遠さ、清浄さ、あらゆる宝を惜しげもなく、真剣に教えて下さる。とにかく「1分でも惜しい!」というレッスンである。

「音楽は、地下水脈を流れすでに存在しているものであって、私たちはそれを吸い上げて表出させるポンプのような役割を担っているだけです」と最初に教わったが、「何のために音楽があるか」を再度強く問いかけられるきっかけになった。
「自分がこんなに出来る」という表現であってはならないこと、空っぽになって音楽に身をゆだねていくこと、自分が音楽をやっているということに酔ってしまうのではなく、音楽の中身を聴き、あらゆる音に神経を研ぎ澄ませ一音一音を大切に弾いていくこと。レッスンの度に、気付けないでいた音の豊かな表現を指摘していただく。その的確な指導に「芸術的な音」に気付かされ、先生の無尽蔵な音楽の宝庫に圧倒されながら、その一端に触れ学んでいる。

まだまだ、ほんの入り口に立っているに過ぎず、学んではまた一層、それまで聴き取れなかった由紀乃先生の演奏の凄さ、深さにまた改めて気付かされている。

また、日本ベアタ・ツィーグラー協会会員として、同門の会員間の交流から、純粋に本物を追及することへの心構えや人としての在り方なども教えられている。

・・・・続く・・・・・・・・

Fujiwara Yukino-02

 

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