教育・保育におけるダルクローズ・リトミックについて

Eurythmics-00 日本におけるリトミックの歴史においては、早くから幼児教育において応用されてきましたが、一般的に、ダルクローズ・メソッドの3科目のうち「リズム運動(リトミック)」のみが独り歩きし、特に保育関係者には、音楽に合わせて体を動かすことがリトミックであるように捉えられ、そこから本格的な学びには移行せず、「リトミック」が軽視される状況があります。

リトミック指導をしようとす保育士にとって、まずは、「ソルフェージュ」「リズム運動(リトミック)」「即興」の3科目から構成されるダルクローズ・メソードの体験が必要です。

その体験から「リズム運動(リトミック)」においても音楽に合わせて体を動かすという行為そのものが目的ではなく、各課題に応じた動きから音楽を深く感じ取ることが大切で、その経験の蓄積により、音楽に楽しく親しみ、味わう事が出来るようになり、また音楽によって自己を表現していく力が身についていくことがわかってきます。

そのように体験し、自らの内に育った諸能力やそれを獲得するにいたったプロセスを分析・検証することで、その理念を理解してから、リトミックを教えられるようになるわけです。

よって保育におけるリトミック指導者の養成においても、まずは学習者自身の音楽能力の向上を目的としたダルクローズ・メソッドの体験が重視されるべきであり、体験の意義の再定義やここでのレッスンにおける音楽的内容の質の向上が、現在必要とされていることといえます。

ダルクローズ自身が、「リトミックという教育法を十分に訓練された有資格教員のもとでの経験をもたない読者は、この教育方法を教えることはできない。」と述べていますが、実際に子どもへの指導を行うには、専門家に指導法を習い、年齢に応じて各課題をどのように展開するかの考察、プラン作成において指導者自身のアイデアの熟考、練達した実践的指導力が求められます。

「すでに作成された教案をどのように教えるか」を習い、「そのままやってみる」という教え方のスタンスであっては、子どもたちの能力を育て、教育的意義を立証する、までは期待できないのではないでしょうか。

保育におけるダルクローズ・メソッドの施行目的は、単に音楽の知識や技術を教え込むものではなく、子どもが主体となって、生きる力の基礎を育成するものです。 音楽と動きを融合し、音楽とともに動きながら全身体的に、また全感覚的に音楽を感じ表現し、そのことによって個人の奥深くに潜在している感性や感覚などを目覚めさせ、諸能力を開発することにもつながっていきます。

「理想的な教師とは、心理学者であり、生理学者であり、芸術家でもなければならない。」との言葉からもうかがえるように、ダルクローズが目指したのは、包括的な人間教育でもあります。

幼児の教育には「感覚」「遊び」「体得」というキーワードが不可欠ですが、これらはダルクローズの理念と重なり、幼児へのリトミックレッスンには、これらの要素を含まなければなりません。保育におけるリトミック指導は、まず自分自身でダルクローズ・リトミックを経験した者によって、保育原理のうちに進められなければならないと言えるのです。

保育の現場においては、知識・技術を習得させることを目的とするのでなく、子どもがある一定の時間、一つのことに対して集中力を持って取り組む姿勢を育てることが大切で、一つの行事を目標としたとき、その完成度がどうであるかということよりも、その過程の中で子どもたちが何を感じ、何を学んでいったか問うことが大切であるといえます。

実際にリトミック指導を始めた保育士さんの経験談です。

「リトミックに触れ、音楽にあわせて表現遊びをする、ビートを刻む、踊るなど自由な動きを考え出していくから、子ども達の表現しようとするものをよりキャッチできるようになった」

「例えば、毎日の絵本の読み聞かせの中でも、毎日違った読み方の変化をつけたり、自分で自由にストーリーを発展させたり、バリエーションを作ったりと、子どもの興味をより惹きつけられる創作力がついたように思う。また、ストーリーを追うよりも、五感を働かせ、子ども達のバーチャルな体験の幅をより豊かにさせる内容に、留意できるようになった」

「子どもたちと体を動かしているときも、ちょっとした動きの中にビートやリズムを感じて、より楽しい言葉がけができ、リトミックで培われる『誘発や抑制』の体のコントロール力を共感でき、より良い指導ができるようになったと思う」

「『~しましょう』『やめましょう』『してはいけません』という言葉がけではなく、どうすれば目的に合った指示として子どもの心に響くか、楽しく過ごせるかを日々考え、保育スキルのレパートリーを増やし、『次はこうしよう』『じゃあ、これは?』という思いで、子どもたちに接することができるようになってきた」

次に、毎日のリトミック・発表会指導を通し子供たちの成長を見守ってきた先生保育士さんたちにリトミックをどう捉えるかを書いて戴きました。

「リトミック」を指導するにあたっては、各年齢に合わせた内容選びを考えることから始まりますが、その中で子ども達と共感したり子ども達に達成感を与えられたりすることが出来、より近くに子ども達を感じることができます。同時に集団の中で個々の様々な発達(心と身体、理解力など)が見えてきます。見えるというより、見ようとし、子どものサインも細かくキャッチしていけるのではと思います。
リトミックには常にねらいや目的があり日々継続性があります。手段や方法に正解や間違いはなく、自分のカラーや自分らしさがだせるとも思います。

保育者にとってのリトミックとは、保育者自身がどのくらい音楽のことを理解しているかということも大切ですが、それよりも感性の豊かさが求められていると思います。
その為には、一つのことからイメージを膨らまして活動を発展させ、その目的を子ども達に発見させ、音楽に合わせて身体を動かすのはとても楽しいと感じさせることを目指したいです。
そして自分自身で分析できる課題で興味を持たせ、自発的に活動していくことが大切だと考えています。

リトミックを通し様々な感覚、感性、運動神経、コミュニケーション能力が養われると考える。<自分でする>という事を最終目的にする事により、自立にも繋がると考える。よって、保育士自身も優れた上記の事柄が必要不可欠である。日常生活や自然現象にもアンテナを張り、適した題材選びをする事も必要である。リトミックは、細かな計画の元に進め、しかしこども自身から発された事も臨機応変に取り入れ進めて行きたい。その上で音楽を自然に感じるままに表現できれば、と思う。

 

Blog Mitomeau  On the branch  「認め合う力」参照

感性を磨く・・・

一言の中に込められた内容は、このように教育・保育の内容を
充実させることにつながっていきます。

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